1960年京都府生まれ。1980年に琉球大学農学部入学と共に沖縄へ移住。琉球大学映画研究会にて多くの自主映画を製作。92年、沖縄県産映画3話オムニバスの『パイナップル・ツアーズ』の第2話「春子とヒデヨシ」を監督し、日本映画監督協会新人賞を受賞。99年には大琉球ミュージカル映画『ナビィの恋』を監督。地元沖縄では18万人を動員し、「タイタニック」を抜く県内の最多動員を記録したほか、全国的に大ヒットとなる。続いて02年『ホテル・ハイビスカス』で沖縄の風土と子供の世界を活き活きと描き、ベルリン国際映画祭に出品され国内外で評価を得た。03年には石垣島の楽団のドキュメンタリー『白百合クラブ・東京へ行く』を自主制作し大きな反響を呼んだ。映画以外にも数多くのTVドキュメンタリー、ミュージッククリップ、CFなどで活躍。また05年に閉館した映画館を「桜坂劇場」として復活させ運営する経営者の顔を併せ持つ。最新作にBEGINの高校時代を描いた映画『恋しくて』(06)、3人のミュージシャンを追ったドキュメンタリー映画『40歳問題』(08)がある。
1958年東京都生まれ。東京でOLの傍ら、年齢も職業も異なる映画好きの女性たちが作る映画誌「季刊 シネマ・ジャーナル」の編集、執筆に携わる。
中江裕司との結婚に際し、お互いの家族のルーツを辿ったドキュメンタリー・ビデオ作品「家族の肖像」(91)を製作。沖縄県に移住後は、沖縄の祭祀や神行事等を紹介するCS放送の番組の取材を担当する。中江裕司監督作品の映画『パイナップル・ツアーズ』(92)ではスクリプターを担当したほか、『パイパティローマ』(94)ではスクリプター及び共同脚本として参加、『ナビィの恋』(99)『ホテル・ハイビスカス』(02)では中江裕司と共同脚本を担当した。
その他の活動として、桜坂劇場のワークショップ“桜坂市民大学”での脚本講座講師や、地元新聞『沖縄タイムス』『琉球新報』に書評や映画評等を多数執筆している。
1949年東京都生まれ。大学在学中より若松プロにて撮影助手を始める。CMのカメラマンとして独立後、『月山』(78)で劇映画の撮影監督デビュー。1981年に文化庁芸術家在外研修制度により渡米、帰国後は撮影監督システムを導入し、若手監督たちと意欲的な作品を生み出す。中江監督作品は『ナビィの恋』(99)『ホテル・ハイビスカス』(02)に続いて3度目の顔合わせとなる。その他、金子修介監督『1999年の夏休み』(88)『クロスファイア』(00)『デスノートthe Last name』(06)、三谷幸喜監督『ラヂオの時間』(97/日本アカデミー優秀撮影賞)『みんなのいえ』(01)などの作品を手掛ける。近作に『受験のシンデレラ』(08/和田秀樹監督)、『真木栗ノ穴』(08/深川栄洋監督)、『プライド』(09/金子修介監督)等がある。著作に『撮影監督ってなんだ?』『シーナ映画とコーキ映画』(共に晶文社)、共訳書に『マスターズ・オブ・ライト』(フィルムアート社)がある。
1930年兵庫県尼崎市に生まれ、沖縄県石川市に育つ。セイ小(セイグヮー)の愛称で親しまれている沖縄民謡の大御所。16歳の時、「松劇団」に地謡見習いとして加わり、その後「珊瑚座」他の劇団を転々として修行に励んだ。三線、三板(サンバ)、島太鼓など古典民謡に必要な修行は10代のうちにすべてマスターし、20代を過ぎた頃からのど自慢やカチャーシー大会で賞を総ナメにする。1956年に沖縄で初の「民謡ショー」を企画、TVの民謡番組でも積極的に活動した。民謡の普及発展、門弟の育成に尽力し、島唄界最大規模の登川琉の宗家であり、琉球民謡協会名誉会長、沖縄県指定無形文化財琉球歌劇保持者でもある。中江監督作品『ナビィの恋』(99)で役者デビューを果たし、続く『ホテル・ハイビスカス』(02)にも出演。ユニークな役柄を好演、全国的に人気を集める。書籍に『オキナワをうたう―登川誠仁自伝―』(新潮社)がある。2008年オリジナル・ソロ・アルバムとして約6年振りの作品『酔虎自在』をリリース。
1983年北海道札幌市生まれ。声楽家だった父と歌の先生だった母との間に生まれた藤澤は母のお腹に宿る頃より、唄うことに目覚める。「ポップス」と「オペラ」を融合した、音楽の新しい可能性を感じさせてくれる“次世代ヴォーカリスト"。そのさわやかなルックスからは想像出来ない、繊細かつ迫力のある歌声はまさにイリュージョン・ボイス。2008年はデビュー後全国各地で70本を越えるインストアライブやイベントを行い、常にヴォーカリストとしての存在感とパフォーマンスで、見る者を圧倒する。
2008年4月「ダッタン人の踊り」でデビュー。
2008年8月セカンド・シングル「VINCERO -ビンチェロ-」リリース。
2008年10月サード・シングル「Cross Heart」リリース。
2008年11月、待望のファースト・フル・アルバム『VOICE OF LOVE〜愛の力〜』をリリース。
2009年4月22日フォース・シングル「Prayer」がリリース決定。
2009年5月、いよいよ自身初のコンサートツアー「VOICE OF LOVE」が決定している。
桐朋学園大学卒業。1992年ジュネーヴ国際コンクール・ヴィオラ部門最高位(1位なしの2位)。96年村松賞、97年第7回新日鉄音楽賞・フレッシュアーティスト賞受賞。99~02年まで東京都交響楽団首席奏者を務める。98年から京都アルティ弦楽四重奏団、01年からAOIレジデンス・クァルテットでも活躍、2000年チョン・ミョンフンの「セブンスターズ・ガラ・コンサート」に参加。CDに中野振一郎との『ヴィオラ・バロック・ミュージック』『J.S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバとチェロのためのソナタ』がある。ソリスト・室内楽奏者として最も活躍しているヴィオラ奏者の一人である。
sankakuyama no majiru